ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)はジアシルグリセロール(DG)をリン酸化し,ホスファチジン酸(PA)に変換する脂質キナーゼであり,これまでに10種のサブタイプが報告されている.周知のようにDGはPKCの活性化因子であり,産生されるPAも様々な酵素の活性を調節することから,DGKはPKCの抑制やPAの産生を介して生体内において重要な働きをしていると考えられている.しかし,神経系に多く存在するβサブタイプの機能は長い間不明であった.そこで,我々はDGKβのノックアウト(KO)マウスを作製し,その神経系における機能を調べた.その結果,DGKβKOマウスは,記憶障害と感情障害を示した.また,この感情障害は10日間のリチウム処理で改善した.一方,DGKβKOマウスから調製した海馬および大脳皮質初代培養細胞は,突起の分岐の数およびスパイン数が有意に減少していたが,DGKβを過剰発現させることで形態異常は回復した.さらに, DGKβKOマウスの海馬および大脳皮質において,スパイン密度が減少していることを確認した.これらのことから,DGKβは神経細胞の形態を調節・維持することにより神経ネットワークの形成,ひいては記憶や感情などの脳高次機能において重要な働きをしていることが明らかになった.本総説では,このDGKβKOマウスから得られた知見を中心に,神経系におけるDGKβについて概説するとともに,DGKβの記憶障害や感情障害の予防薬および改善薬のターゲットとしての可能性と問題点について論ずる.