昭和医学会雑誌
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上顎部軟部組織への手術侵襲が上顎発育に及ぼす影響
中村 潔
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1984 年 44 巻 1 号 p. 17-35

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抄録

口唇口蓋裂の治療において, その手術法はほぼ確立されつつあるが, 患児の発育に伴い, 上顎の劣成長が生じる事が問題となっている.その原因は, 単一のものとは思われないが, 幼児期における手術に求める数多くの臨床的調査や, 動物実験がなされてきた.これらの実験の多くは, 口蓋裂手術に原因を想定するものであり, 種々の手術的侵襲が口蓋部に加えられたが, 上顎発育が受ける影響について, 一定した結果が得られていない.一方, 口唇裂手術は, 生後約3カ月の幼若時期に行われ, 次回行われる口蓋形成術の影響と重なって, 上顎の発育抑制を増長させる事が予想される.そして, 唇裂手術が上顎発育に, 何らかの影響を与えるとする臨床的調査や, 動物実験が報告されている.しかし, これらの実験は, 手術的に口唇口蓋裂を作り, これを閉鎖するもので, 骨への侵襲自体が, 抑制因子となりうるので, 著者は純粋に軟部組織のみへの手術侵襲が上顎発育に及ぼす影響を知るための実験を行った.体重100gのラットを, 骨膜を温存し, 軟部組織を剥離挙上した群, 骨膜を切除した群, 上唇を切除縫縮した群の3つの基本型と, それらの組み合わせた群で, 合計7つの実験群に分けた.以上のラットを体重200g, 300g, 400g, 500gで断頭し, 頭蓋各部の計測と組織標本の観察を行い, 対照群と比較した.観察の結果, 中間顎の体部に前後径の成長抑制が, 全実験群に認められ, 口蓋部の長さは影響を受けなかった.そして, この成長抑制は, 骨膜を切除するしないにかかわらず, 同程度に認められるが, 成長とともに, 手術の影響は薄れ, 発育抑制は見られなくなった.上口唇を0.6cm切除した群も同様の変化を示したが, 軟部組織を剥離した群より成長抑制の程度は軽い.また上唇を1.2cm縫縮した群と他の実験群との間に差は認められず, 上唇切除よりも剥離操作の影響が大きい事が判明した.幅径に関しても, 術後早期に中間顎の縮小傾向を示すが, 時間の経過とともに正常に復し, 長径と同様の経時的変化を示した.組織学的には, 術後早期に骨膜は再生され, 骨反応が増し, 骨表面の粗造多孔化が生じるが, 成長とともにこの変化はなくなる.二重骨標識法では, 術直後でも骨の石灰沈着は活発に行われ, 骨形成能が損われておらず, 顎発育障害の直接の原因として, 上顎, 中間顎周囲に形成される瘢痕組織による物理的圧迫力が最も考えられた.

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