環境科学会誌
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lPCC排出シナリオ(SRES)にもとづいた世界の農地必要量の変動要因分析
棟居 洋介増井 利彦
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2009 年 22 巻 2 号 p. 73-90

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抄録

 筆者らは先行研究において,IPCCの「排出シナリオに関する特別報告書(SRES)」の4つの社会・経済シナリオにもとづいて,世界184力国を対象に国内の栄養不足人口を2.5%以下にするために必要な一次生産レベルの食料(96品目)を2100年までの長期にわたって推計した(棟居・増井,2008)。本研究では,その中から農作物54品目の推計値を用いて2000年から2100年における世界全体の食料用の農地必要量を計算し,1)長期的な食料必要量の変動要因と世界全体の農地必要量の関係を明らかにすること,および2)将来の農作物の単収の持続的な増加の見通しについて,農業生態学的な根拠にもとづいた複数のケースを想定し,世界全体の農地必要量の減少の可能性の範囲を定量的に示すことを目的として分析を行った。分析にあたっては,現在の気候条件のもとで,各国の農作物生産量の世界シェアが2000年レベルで維持されることを仮定した。また,将来の農作物の単収の持続的な増加の見通しについては,単収の年増加量の最大値を20世紀後半の実績値とし,単収の上限値については,国際応用システム分析研究所(IIASA)の世界農業生態地帯(GAEZ)分析で推計された国・農業技術レベル別単収の値を用いて,これらの組み合わせにより4つのケースを想定した。これに,単収が2000年レベルから増加しないケースをあわせて5ケースについて推計を行った。 分析の結果,SRESシナリオで想定されている将来の社会・経済条件のもとでは,以下のことが予測された。・今世紀末までの世界全体の農地必要量の変化の主因は,世界人口の増減である。・農作物の単収が2000年レベルから増加しない場合,世界全体の農地必要量は2100年までに,世界人口120億人のレベルにおいて,最大26億6,900万ヘクタールに達する可能性がある。・農作物の生産に適した土地面積は,世界全体として農地の最大必要量を十分に上回るだけ存在する。しかしながら,森林の保全,他の土地利用との競合により農地の大幅な拡大は制約を受けると考えられる。・農作物の単収は,超多収品種の導入によって,技術的には既存の品種の1.5倍程度まで高められる可能性がある。これによって,世界全体の農地必要量を大幅に減少させることができるが,経済的な要因や,気候変動淡水資源の制約などの栽培環境の変化により,20世紀後半に達成したような単収の大幅な増加は今世紀においては難しくなることが見込まれる。・2000年の農地面積(15億3,300万ヘクタール)において扶養できる世界人口は,単収が1961年から2004年の年増加量の半分のペースに減少した場合には80億人,また単収が2000年レベルから増加しない最も厳しいケースでは70億人が限度である。 これらのことから,農地拡大による森林破壊を引き起こすことなしに飢餓問題を解決していくためには,食料の供給サイドにおいては,農作物の単収を増加させるための技術開発への投資を促進し,食料生産のための土地利用を優先させる対策をとるとともに,食料需要サイドにおいては,開発途上国における国内の食料配分の不平等を改善し,世界人口を早期に安定化させるための政策を促進する必要があることが推察された。

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