情報通信学会誌
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寄稿論文
クール・ジャパン言説とテクノ・ナショナリズム
黄 盛彬
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2015 年 32 巻 4 号 p. 59-64

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抄録

長引く不況にもかかわらず活力を失わずに、その魅力を増してきた日本の文化経済の潜在力に注目した論文「Japan's Gross National Cool」(Foreign Policy, No. 130, 2002)が発表されて、10数年が経っているが、そこでの診断は、日本の文化経済や魅力を支えているのは、日本文化の固有性よりは、その曖昧さであり、その潜在力が、真のソフトパワーにつながるためには、「日本の閉鎖性」という障壁が低くなる必要があることが提言されていた。しかし、その後、その言説は、「クール・ジャパン論」として吸収され、自己陶酔的なナショナリズムの言説として受容されるに至り、様々な日本発の文化商品の輸出促進政策や観光客誘致、そして日本の国家イメージの向上のためのキャッチフレーズとして、活用されるに至った、というのが、本稿が把握する「クール・ジャパン言説」の含意である。
その一方で、かつて「電子立国」としての戦後日本のナショナル・アイデンティティを形成しているとまで形容された電子産業は、そのクール・ジャパン言説の流行の歴史とともに、衰退の道を辿った。テクノ・ナショナリズムに支えられた様々な産業振興政策が推進されたにもかかわらず、である。地上波デジタル化政策や、消費家電の内需拡大を目的としたエコポイント制度の導入がその最たる例である。すなわち、結局のところ、クール・ジャパン言説にしても、テクノ・ナショナリズムにしても、内向きのナショナリズムに基づくイデオロギーとして、国内の産業または既得権益の保護を目的とした政策言説としての役割を果たしているに過ぎなかったということがいえよう。
もちろん、本稿での主張は推論に過ぎない。内向きのナルシシズムとしてのクール・ジャパン言説や、国内産業の既得権益保護のためのテクノ・ナショナリズムが、どのような実質的な影響を及ぼしたかについては、様々な角度からの実証分析が欠かせない。また、クール・ジャパン論の含意は、まさに「ハードからソフト」への転換を意味するもので、現在の電子産業の凋落は、むしろその構造転換を象徴するものであり、必ずしも悲観的に捉える必要はない、という反論もあろう。しかし、もしも、ソニーやパナソニックのスマートフォンが、iPhoneのような革新性に溢れて、かつクールなデザインの製品であったならば、電子産業界の地形はどうなっていたのだろうか。また、クール・ジャパン論の元祖であるMcGray氏の診断に従い、日本社会や経済がもっと開放性を高め、様々な才能が集まり、革新性溢れる柔軟な文化経済を発展させることができたならば、という疑問への答えも、同時に探っていくべきであろう。

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