主催: 日本放射線影響学会
放射線は、細胞内でDNA酸化損傷を生成し、突然変異を誘発することが知られている。我々は、モデル植物であるシロイヌナズナを用いてガンマ線誘発突然変異の解析を行ってきた。その結果、シロイヌナズナの乾燥種子にガンマ線照射を行った際には、代表的なDNA酸化損傷であるグアニンの酸化体の変異誘発に対する寄与が比較的小さいことが示唆された。そこで我々は、より細胞の水分含量や分裂活性の高い、生育途中のシロイヌナズナ幼植物体を用いて変異スペクトル解析を行うことで、水の放射線分解によるラジカル生成や、DNA複製時の酸化損傷の取り込みによる影響を評価することにした。さらに、大腸菌や動物のヌクレオチドプール浄化機構に関与するmutTやMTH遺伝子のホモログ(NUDT1遺伝子)を欠損したシロイヌナズナにおける突然変異解析を行い、植物におけるヌクレオチドプール浄化機構の放射線誘発変異抑制における影響を評価した。変異スペクトル解析は、rpsL遺伝子導入シロイヌナズナにガンマ線照射し、プラスミドレスキューにより変異rpsL遺伝子を検出する方法を採用した。
NUDT1遺伝子欠損体のバックグラウンド変異頻度は、野生型と同程度であった。このことから、シロイヌナズナにおいては、他の生物種ほどヌクレオチドプール浄化機構欠損の影響が定常時では現れにくいことが示された。NUDT1遺伝子欠損体のガンマ線感受性は、野生型に比べてやや高かったが、統計学的有意差を示すことができるほどの差はなかった。また、ガンマ線誘発変異頻度も、野生型とNUDT1遺伝子欠損体で大きな差は見られなかった。しかし、NUDT1遺伝子欠損体におけるガンマ線誘発突然変異スペクトルは、野生型と異なるスペクトルを示した。よって、NUDT1遺伝子の欠損は、植物の放射線感受性には影響を与えないものの、突然変異誘発に影響を与えていることが示唆された。